夢野久作と杉山三代を歩く

夢野久作と杉山三代研究会
文責:杉山満丸

ペンネーム「夢野久作」は福岡の方言「夢野久作のごたる」から来ています。
その意味は、春の空のようにぼうっとした顔でにこにこして立っている人とか、何か遠いところを見るような人とか、人の考えないようなことを考えたりそれを言う人、また、経済観念も何もなくてのんびりとやっている人。
大体、このような人を指して「夢野久作さんのごたる人」と申します。


姪浜・西新・鳥飼

杉山三代に関係する場所 ドグラ・マグラに出てくる場所 観光地など

  • 修猷館
    夢野久作の母校。夢野久作の教育をした祖父;杉山三郎平は藩校修猷館で水戸学の助教でした。 敷地内にある修猷資料館には夢野久作のスケッチ画や東京五輪の五輪旗などが展示されていますが年に数回の公開日のみの公開です。
  • 西南学院大学
    夢野久作の次男、三男が通った大学
  • 紅葉八幡高取焼
    高取焼は黒田藩の御用窯。展示販売されており、夢野久作の長男 杉山龍丸の書が残されています。
  • 西新公民館前緑地
    夢野久作の父 杉山茂丸と交流があった玄洋社 頭山満が植えたクスノキと記念碑があります。
  • 浄満寺
    修猷館高校の母体は、福岡藩の東学問所・藩校修猷館(朱子学)です。寛政異学の禁(1790年)によって陽明学が禁止される前には唐人町に西学問所の甘棠館(陽明学)がありました。(記念碑が建っています)浄福寺には甘棠館の館長・亀井南冥のお墓があり、南冥は金印を解説した人物としても有名です。 甘棠館の流れが、日田の広瀬淡窓の咸宜園や大阪の緒方洪庵の適塾、そして玄洋社を生んだ博多駅近くの高場乱の人参畑塾(興志塾)です。
  • 鳥飼八幡宮
    久作の長男 杉山龍丸が八幡宮裏の通り沿いで一時期プラスチックの博多人形を制作する工房を経営していました。東条英機を非難して亡くなった中野正剛(修猷館で夢野久作の先輩・玄洋社)の像があり、錦江湾で西郷隆盛を救った勤王の志士 平野國臣の神社もあります。
  • 西新
    庶民の街 B級グルメが楽しめる街
  • 愛宕神社
    風光明媚、絶景の神社。ロープウェイがあった痕跡が残されています。
  • 小戸の旧蹟
    伊邪那岐(いざなぎ)の神が黄泉(よみ)の国から帰り、禊=みそぎをしたとされる伝説の地 神功皇后が三韓遠征の前に「あこめの浜」にあった松の木に鎧をかけて干した「鎧掛松」があったとされる地。「あこめの浜」は姪浜の旧呼び名。

  • 呉一郎の実家があった場所
  • 石切場跡
    今はマンションが建って愛宕神社の階段を上ると見えるかも。

    黒門・大濠・大名・天神

    杉山三代に関係する(なにかがある)場所 夢野久作の著作関連 観光地など

    • 大濠能楽堂
      夢野久作は祖父杉山三郎平によって幼い頃から四書五経の素読をさせられるとともに、喜多流の能を習っていました。師事したのは梅津只圓(うめづしえん)翁です。 大濠能楽堂には、久作が建立に参加した梅津只圓翁の座像の二代目があります。一度戦争中に供出され再建されたものだそうです。梅津只圓翁の娘夫婦は新田次郎の小説「芙蓉の人」の主人公で、富士山山頂で初の越冬観測をした野中夫妻です。「梅津只圓翁伝」
    • 梅津只圓翁の碑
      久作が幼い頃に通った梅津只圓翁の居住跡と思われる場所に立つ碑。「梅津只圓翁伝」
    • 光雲神社
      久作12歳の時に能を舞った神社。「梅津只圓翁伝」 加藤司書公の像の台座だけが残る。
    • 広田弘毅の碑
      東京裁判で刑死した唯一の文官・広田弘毅の碑。修猷館卒。久作の父杉山茂丸と非常に懇意な間柄でした。城山三郎の「落日燃ゆ」の主人公。
      玄洋社員。戦後、久作の長男杉山龍丸と広田弘毅の娘に縁談の話がありましたが、負傷して長生きができないと言われていた龍丸がお断りしたという話が残っています。
    • 西学問所甘棠館跡の碑
      亀井南冥が館長をしていた甘棠館があった地。亀井南冥の系譜は、日田の咸宜園大阪の適塾へとつながります。亀井南冥の息子である亀井昭陽の弟子が、博多駅近くで人参畑塾を開いた女傑・高場乱(たかばおさむ)です。高場の塾で学んだ若者が作ったのが玄洋社です。博多駅近くに人参畑塾碑と人参畑公園があります。
    • 黒門
      夢野久作が一時期郵便局長をしていた黒門郵便局があった地。
    • 東学問所修猷館跡碑
      明治32年まで修猷館があった場所。久作の教育に当たった祖父三郎平は藩校修猷館で水戸学の助教を務めていました。
    • 旧西職人町
      玄洋社事務所がありました。
    • 大名小学校跡地
      夢野久作が卒業した小学校。夢野久作の妻・鎌田クラが教鞭をとっていた小学校でもあります。
    • 警固神社
      夢野久作が通った能楽堂があった神社です。能楽堂は老朽化したため住吉神社に能楽堂がつくられました。その後、大濠公園にも能楽堂ができました。
    • 小姓町
      夢野久作誕生の地
    • 春吉
      夢野久作が大名小学校から修猷館中学に通うときに住んだ地。(市役所で聞いたら今の西中洲のあたりらしい)
    • 九州日報社跡
      夢野久作が記者をしていた新聞社です。一時期は杉山茂丸が社主を務めたこともありました。福岡日日新聞と合併して現在の西日本新聞ができました。
    • 福岡渡辺通教会
      夢野久作が戦前の渡辺通教会を描いたスケッチ画が展示されています。観光目的ではなく礼拝者にのみ公開されています。

    中洲川端・大博町・御供所町・祇園・博多・千代 

    • 櫛田神社
      「押絵の奇蹟」の舞台の神社
    • 山笠
      櫛田神社に常設展示がある。「斬られたさに」「梅津只圓翁伝」「近世快人伝」にも登場。
    • 博多町屋ふるさと館
      櫛田女学校(和裁学校)跡地。博多のことに詳しかった波多江五兵衛氏からのお話で、櫛田女学校の祝部至善(ほうりしぜん)氏が「ドグラ・マグラ」に出てくる腐乱図を所有していたとお聞きして櫛田女学校を訪問したことがあります。
      残念ながら腐乱図はありませんでしたが、櫛田女学校の雰囲気はドグラ・マグラに出てくる裁縫学校そのものでした。
    • 飢人地蔵尊
      「押絵の奇蹟」の主人公 トシ子の生家は隣にありました。
    • 大浜
      現大博町は「いなかの、じけん」「犬神博士」など5つの作品の舞台。
    • 立石ガクブチ店
      博多の歴史観光「電柱広告マップ」を配布中 もちろん久作関連の電柱も多数含まれます。
    • 一行寺
      杉山家の菩提寺
    • 聖福寺
      「ドグラ・マグラ」「近世快人伝」に出てくる名刹。
      玄洋社の平岡浩太郎、久作の修猷館の先輩である広田弘毅、緒方竹虎の墓所があり、平岡浩太郎の墓所には孫文も参拝しました。
      墓参は可能だが観光目的で墓地に入ることは禁止されています。
    • 節信院
      筑前勤王党を率いた加藤司書の墓碑がある。久作の祖先も筑前勤王党であり、久作は筑前勤王党の生き様を尊敬していました。「近世快人伝」の奈良原到 参照。
    • 崇福寺
      玄洋社墓所があります。崇福寺は「斬られたさに」の舞台。
    • 旧十七銀行
      現福岡銀行。「押絵の奇蹟」に登場します。隣接する川端商店街入口におっぺけぺー節で有名な新劇の父、川上音二郎像があります。
    • 祇園町
      「狂歌師赤猪口兵衛」に登場します。「父杉山茂丸を語る」に出てくる実母におぶわれた二歳の久作が見たのは祇園町にあった旧博多駅でした。
    • 蓮池町
      「名君忠之」「近世快人伝」に登場します。
      • ブラジレイロ
        久作はじめ福岡の文筆家が通った喫茶店。場所を移して営業中。
      • 鶏卵素麺
        「少女地獄」に出てくる博多のお菓子。お酒が飲めなかった久作は甘いものが好きで鶏卵素麺は久作日記にも出てくるお菓子です。お土産にもどうぞ。
      • 新三浦
        夢野久作日記に出てくる水炊きの名店。

      吉塚・馬出・箱崎

        • 九州大学医学部
          ドグラ・マグラ」の舞台
        • 筥崎
          夢野久作が幼少期を過ごした町のひとつです。複数の作品の舞台になっています。
        • 筥崎網屋町
          「ドグラ・マグラ」の斎藤先生自宅 久作が住んだ場所かも?
        • 筥崎水族館裏
          「ドグラ・マグラ」の斎藤先生、正木先生が亡くなった場所。
        • 馬出浜
          「ドグラ・マグラ」の正木先生の死体が漂着した場所。
        • 箱崎水族館
          杉山茂丸が博多湾築港を実行した時にできた水族館です。博多湾築港株式会社の事務所がありました。
        • 箱崎水族館喫茶室
          箱崎水族館の館長の子孫の方が営む喫茶店。ミニ夢野久作文庫を併設。夢野久作と杉山三代研究会の会報やグッズを販売。犬神の祠が近い。
        • 旧杉山町
          博多湾築港を記念して昭和40年代まで杉山町という名前でした。
        • 国道3号線
          国道3号線の海側には松原が広がり遠浅の砂浜でした。
        • 旧箱崎駅
          「空を飛ぶパラソル」「押絵の奇蹟」の舞台。
        • 箱崎の踏切
          「少女地獄」の舞台。
        • 九大工学部正門
          「空を飛ぶパラソル」の舞台。
        • 九大農学部
          「白くれない」の舞台。
        • 地蔵松原
          「空を飛ぶパラソル」の舞台
          • 筥崎八幡宮
            「犬神博士」「山羊髭編輯長」の舞台。
            筥崎八幡宮には頭山満と杉山茂丸の金菊の祝い(交友五十周年の祝い)の時に贈られた杉山茂丸の胸像と刀が奉納されています。 (一般公開はされていません)
            • 吉塚の三角
              炭鉱主中島徳松の別邸があり、久作が使用を許されていました。

            香椎

            • 杉山農園跡地
              現福岡市東区唐の原4丁目854番地一帯
              夢野久作が執筆活動を行った杉山農園(4万6千坪)は、大正初めに創られたものです。 資金は杉山茂丸が集め、玄洋社の若手の教育場所とアジア各国が独立したときに農業指導者を養成するために創られたと伝わっています。