猫宮宇宙
「すずめっていうのはなんでそんなになあんにも考えてないんだろうね」
ベンチの上から、猫はすずめに向かってそう言った。地面に落ちているパンくずをつついていたすずめは羽を広げて怒ったように言う。
「なんにも考えてないって? それは君のほうだろ。毎日毎日寝てばかりでなあんにもしてないじゃないか」
それを聞くと、猫はいやいや、と目を細めて言った。
「寝ているからといって、なにも考えていないわけじゃない。頭の中はいつだって考えごとでいっぱいさ。その証拠に、猫は美味しくないだろ」
すずめは首を傾げる。
「それとこれとなんの関係があるって言うのさ」
すると、猫はとがった歯を見せてにやりと笑った。
「なんにも考えてないやつの脳みそはな、やわらかくて美味しいんだよ。頭がいいやつほど固くてまずい。だから俺たち猫はすずめは食うがカラスは食わないんだ」
すずめはぶるりと体を震わせて、広げていた羽をゆっくりと閉じた。猫は腹ペコだと言わんばかりに口の周りを舐め回している。
「ぼ、僕はいつも色んなことを考えてるからきっと美味しくないさ」
「ほう? そうは見えないな」
「どうしてさ。見ただけじゃわからないだろ」
「頭が良くなるためにはたくさん食べないといけないんだ。体の大きいやつの方が頭がいいだろ。人間とか、鯨とかさ」
でも、と猫はすずめを見る。
「お前は小さいな。すごく小さい。今だって全然食べてない。あっちのふっくらとした鳩の方が断然まずそうだ」
ベンチから飛び降りると、猫は大きく伸びをする。獲物を狩る前の準備体操のように。
すずめは慌てて翼をはためかせた。高く飛び上がり空から猫を見下ろすと、彼は目を光らせて笑っていた。
(なにも考えてないからうまそうだって? 今に見てろよ、きっとまずそうな鳥になってやる。)
すずめが飛んでいくのを見て、猫は大きくあくびをした。
「そんなの、猫の嘘に決まってるじゃないの」
鳩が言う。すずめは食べきれないほどの木の実を口に入れて苦しそうに横たわっていた。
「猫はたくさん食べさせて太ったお前を食べようとしてたんでしょ。あいつら鳩も食べるもの」
喋ることのできないすずめはただ鳩を見上げる。
「だからさ、この辺の木の実を手当たり次第食べるのはやめなよ。痩せてれば食いごたえがないって猫も食べないでいてくれるよ」
鳩が立ち去ったあと、すずめは口の中の木の実を吐き出して立ち上がった。もう騙されるものか、と心に決めて。
季節が過ぎ、冬がやってきた。ベンチの上で寝ていた猫も、そろそろ寒さをしのげる場所を探す必要があった。
「ほんと、すずめっていうのはなあんにも考えてないんだね」
猫はベンチの上から声をかける。
「冬に向けて蓄えておくなんて当たり前のことじゃないか。俺なりにアドバイスしたつもりだったんだけど」
猫はベンチから飛び降りると、大きく伸びをして地面に横たわるすずめに顔を近付けた。
「お前もあの鳩みたいに丸々と太ってれば、冬を越せたかもしれないのにな」
すずめはもう、動かなかった。