巨人少年

吉岡幸一


 少年は雨が降ると巨人になりました。すこし身長が伸びるという程度の話ではなく、七階建てのビルと同じくらいの高さになるのです。大雨であろうと、小雨であろうと巨人になることに違いはありません。

 巨人になった少年は人々の邪魔にならないように小学校の運動場に行って、雨がやむまで立っていました。なにかするということはありません。下手に動けば校舎を破壊したり、遊具を倒したりしてしまうからです。なにも壊さないように考えてのことです。万が一、人を踏んでしまえば、踏んだ人の命にかかわってしまいます。少年は誰かを傷つけることはしたくなかったのです。

 雨がやめば少年はすぐに元の小学五年生の姿に戻りました。どこにでもいるごく普通の男の子です。住んでいる場所はマンションの一階でした。雨が降り出したら夜中でも早朝でも、五分以内に家を飛び出さなければ大変なことになってしまいます。

 幸い家の隣に小学校の運動場はありました。もし間に合わなければマンションを内側から破壊してしまいますので、必死でした。

 運動場にじっと立っていると、みるみる体は巨大化していきます。体の全体が均しく増加してしていくのです。

 母はいつも天気予報と空ばかりみていました。息子が眠っているときに雨でも降ったらたまったものではないからです。

 母が唯一息子から目を離せるのは、小学校へ行っている時だけです。小学校へ行っているときは学校の先生が授業中だけでなく、休み時間も見守ってくれます。雨が降ったら、すぐに少年を運動場へ連れ出しました。

 クラスメイトは理解があるので、虐められるようなことはありませんでした。しかし悲しいことに少年には、友だちができませんでした。みな、少年を怖がっていたのです。巨大化して踏みつけられてしまったら、と考えると気楽には近づけないのでした。

 少年はいつも寂しくひとりぼっちでした。

 ある大雨の日、少年が巨人になって運動場で立っていると、ひろげた足の下で雨宿りをしている見知らぬ少女がいました。

 この日は日曜日で学校は休みでした。少年は休みの日はいつ雨が降っても良いように小学校の運動場で遊ぶことが多かったのです。夕方になり急に雨が降ってきましたが、運動場にいたので慌てて移動することもありませんでした。

「ぼくが怖くないの?」と少年は、股下で雨宿りしている少女に尋ねました。少女は少年と同じくらいの歳のようでした。

「こわくないよ。だって他の人より背がすこし高いだけでしょう」
 少女は何でもないことのように答えました。

「ぼくと友だちになってくれないかな」
「いいよ、お友だちになりましょう」

 迷いのない返事に、少年はとても嬉しくなって足踏みをしました。

 雨宿りをしている少女にむかって少年は学校のことや家のことをたくさん話しました。少女はたのしそうに耳を傾けてくれました。

 そのうち雨がやみました。少年の体はみるみる小さくなっていきました。普通の小学生の大きさに戻った少年が改めて周りをみると、少女の姿はどこにもありませんでした。

「どこに行ったの。もっとお話ししようよ」

 少年は声を張りあげましたが返事は返ってきません。やはり巨大なぼくが怖かったんだ。そう思うと少年は悲しくなってきました。ボロボロと大粒の涙を流しました。

 すると足の下からか細い声がするではありませんか。蟻のように小さくなった少女が必死に叫んでいたのです。

「わたしは雨が止むとコビトになるのよ」

 少年が差し出した掌に飛び乗った少女は笑いました。友だちが逃げたのではないことを知った少年は幸せでした。少年はもうひとりぼっちではありませんでした。



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