はとや歯科のハト時計

国方はるみ

はとや歯科医院にやってきた子供たちが、つい見上げてしまうもの。それは壁にかけられた木製のハト時計です。

 この時計には、不愛想なハトが住んでいました。時計盤の上の小窓は三十分ごとに開きますが、ほんの少しだけポッと鳴くと、すぐ閉めてしまいます。なのでハトの姿を見た子はいません。子供たちが時計を見上げるのは、今度こそハトを見るためでしたが、いつも三分と持たずよそに気をとられてしまいます。

 実は一度だけ、ハトが窓から飛び出して、ポッポーポッポーポッポーと、長く歌ったことがありました。それはハト時計が待合室に迎えられた最初の日でしたが、たまたま居合わせた患者さんが良くありませんでした。

「日本ではハト時計だけど、ドイツではカッコーだよ。カッコーの方がカッコイイよね」

 それ以来、ハトはすっかりへそを曲げてしまったのです。

 ところが、ある夜のことです。時計の小窓をトントン叩くものがいました。

「こんばんはハトさん。カッコーです」

 おどろくハトに、カッコーは言いました。

「住んでいたカッコー時計が壊れたので、ここに住まわせてくれませんか?」

 ハトは断りましたが、折悪しく小窓が開く時間になりました。カッコーはハトに覆いかぶさると、強引に引きずり出して、待合室の床に突き落としました。

 さて、朝になって診察が始まると、みんなびっくりです。ハト時計が、カッコー時計になっていたのですから。

「カッコー、カッコー、カッコー、カッコー」

 堂々たる歌声に、感心する人もいました。

「やっぱりカッコイイね」

 そして床に転がっているハトに気づくと、

「もうゴミだね」と笑いました。

 ハトの黒い目が、じわりとにじみました。

 すると、

「ハトさん、とけいから落ちちゃったの?」

 そう言ってハトをひろったのは、七歳の女の子でした。名前は木村なおちゃん。

 心やさしいなおちゃんは、診察室に呼ばれると、はとや歯科の女の先生にわたしました。

「では、この子はここであずかりましょう」

 子供用の診察台の横にある棚に、先生はハトを立たせました。ドアで隔てられてはいますが、待合室からは三十分ごとにカッコーの歌が聞こえます。たしかに見事な歌でした。自分とは大違いだとハトは思いました。

 とてもみじめな気持ちでいたとき、なおちゃんが家を作ってくれました。半分に切った牛乳パックに青い色紙をはって、黄色い屋根をかぶせた家です。入り口はハサミで切り抜いただけなので、ハトはガッカリしました。

 でも、この家は日ごとに素敵になりました。

「ハトさん、時計あげる」と、ある子供が折り紙で作った金色の時計を家の正面に飾ると、「お花どうぞ」と、別の子が赤やピンクの花を咲かせました。また別の子はクリスマスのために黄色い煙突をつけてくれました。

 なぜそんなにしてくれるのかと、ハトは不思議でした。実は子供たちの間で、「診察を受けたらあのハトが見られる」と、注目を集めていたのです。プレゼントがなくても子供たちは必ずハトにあいさつしました。こんなに気にかけてもらっているのに、いつまでも不愛想でいるのも良くないと、ハトは思うようになりました。そこで子供たちが帰るときは、自分からあいさつすることにしたのです。

「ポッポポッポポッポー」

「あっ! 今ハトさんが歌った!」

 なおちゃんがうれしそうにそう言ったとき、はとやの先生は首を傾げました。

「カッコーじゃなくて?」

「ううん、今のは、ハトさんだよ」

「じゃあ、なおちゃんが今日も治療を頑張ったから、褒めてくれているんだね」

 ハトはいっそう心をこめて歌いました。

「ありがとう、ハトさん」


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